大学進学を望む全ての者へ | 東進ハイスクール八千代台校|千葉県

ブログ

2019年 3月 31日 大学進学を望む全ての者へ

==【詳しくはこのバナーをタッチ!】==

こんにちは!

今日は特定の誰かが更新というわけでもなく、

担任助手全員がフリーテーマで更新する日なので、

私も自分でテーマを設定して、

Blogを書かせていただきます

 

私のテーマは

大学進学をしようと考えている全ての高校生へ。

というテーマで

書かせていただきたいと思っています。

 

皆は大学をどういう場所と

お考えですか?

 

大学を、

勉強をする場所とお考えですか?

 

大学を、

職に就くための場所とお考えですか?

 

私はそのすべてが中途半端な答えであると思っています。

 

なぜか?

 

大学とは、

本来的に研究をする場所だと思ってるからです。

 

じゃあ、大学生とは

どんなところなのか?

 

私は、自身の専門性を磨くところだと思っています。

 

詳しく書いていきます。

 

大学で「勉強」することがなぜ中途半端か?

 

みんなにとって「勉強」とはなんですか?

 

学問」との違いは何でしょう?

 

研究」との違いは何でしょう?

 

私は勉強も研究も、

学問というカテゴリに入ると考えており、

勉強とはすでに答えが与えられた学び、

研究とは自分で答えを作っていく学びだと考えます。

 

教科書を隅から隅まで覚えるのが勉強、

教科書に新たな1ページを作るのが研究だと思っています。

 

今、皆が必死に机に向かってやっているのは

ほかでもない勉強です。

 

すでに答えがあります。

答えのない入試問題なんて存在しません。

それでは公正な入試ができませんからね。

 

ですので、

大学では勉強ではなく、

研究をやる場所だと言っても、

余り想像が及ばない領域なのかなぁ、

と思います。

 

研究とは、

常に一定の新規性を保つものだと思っています。

 

今まで誰もやってこなかった、

もしくは今まで誰かがやってきたけど、

組み合わせたことのなかった領域を掛け合わせる、

といった類のものが「研究」です。

 

なので、一定の新規性を持つものなのです。

 

先程、大学は専門性を磨く場所と、

書きましたが、

私はこの「研究」こそが、

専門性を作り出すものだと考えています。

 

専門性とは何か?

 

私の中の定義では、

他に代替され得ない個々人の固有の力」だとしています。

 

そして、

大学はその専門性を磨くための場所と、

捉えてほしいのです。

 

学部は自身の研究のための大きいテーマを決める

ある種、枠組みのようなもので、

大学生活を通じて、

文学なら文学、経営学なら経営学といった、

専門の研究を、在学中に本を読んだり、

講演会に行ったりするいことで、

「これってこういうことじゃないか?」

「今こういうことが問題になってるけどこういうことしたらいいんじゃないか?」

といった自分なりの答えを見出し、

そこに向かって全力で取り組んでほしいのです。

それが専門性になると確信しています。

 

しかし、それだけでは完全ではないと思っています。

専門の学問を取りまく教養を身に着けてほしいと考えています。

 

教養という言葉は

本当に曖昧な言葉で、

「知っておいたほうがいい」こととか、

「直接役に立たない知識だけどなんかしてるとよさそう」的な解釈のまま、

流布していると思いますが、

そのどれもが完全な間違いだと思っています。

 

私にとって教養とは、

専門性となる学問を取り巻く諸学問のことだと思っています。

 

例えば、私が専攻している英米文学なら、

ヨーロッパ思想や日本文学との比較でその輪郭を掴んだりしますし、

教育学でも、今行われている教育制度を作ることとなった歴史、

新たな教育を作っていくうえでの工学との連携、

時代背景の変化とともに人間の考えを読み解く思想・文学など、

さまざまな学問とのつながりが本来的に存在するはずです。

 

よくコンビニの店頭に並んでいる、

超マニアックな日本史上の人名が並んでいるだけの

覚えるとかっこいい!日本史の教養!的な本は

私からしてみれば教養でも何でもないです。

 

教養という言葉が、

中身もなしに独り歩きしている現実は

憂うべき現実ですね。皆は専門性を磨くために、

それに関連する諸学問のことを知ってほしいなと思います。

 

もともと学問は理系/文系といった

二分法で完全に分けられるものでもないですからね。

自身の学部の専門の研究と

それに伴う教養を身に着けてください

 

 

多くの大学は

自分たちの役目が

そういうことだということを認識している様子はないし、

どこの大学のHPなどを見ても、

そういうことをはっきりと言っている大学は

かなり少ないように思います。

 

大学生も、

就活対策とか、

TOEICとか、

公務員試験とか、

答えの決まった問いに飛びつくのが、

とっても大好きで、

大学に与えられるものを、

ひたすら期待しています。

 

この大学に進学すれば、

こういうことを「教えてもらえる」とか、

就活が手厚いとか、諸々です。

 

それが悪いことだと言って

非難しているのではありませんが、

そういう受け身の姿勢は、大学生には期待されていません。

 

このブログは、

大学進学をするすべての人へ、

というテーマなので、

このブログの読者としては、

高校生だけでなく、

もしかしたら大学生や

中学生もいるかもしれません。

 

まだ大学選びをしていても、

大学進学予定の君も、

一つだけ私に言わせてください。

 

大学に何かしてもらおうと

努々思わないでください。

 

大学は本来的に、

研究をする場所なので、

授業も課外活動も、

自身の研究のためにあるはずです。

 

自分の中で軸になるものもなく、

目的もない友達作りのために

サークルだの飲み会をだのに参加するだけで、

研究も、勉強さえもせず、

「楽しい」学生生活だったとかSNSに投稿して、

卒業するときは袴だの高額のスーツだの着て、

外見だけ見繕って、卒業していく。

 

下のデータをご覧ください。

 

大学に入るために高校に通い、

何百万とお金をかけ、

大学に入るために

何千万とお金をかけ、

ほとんど成長なしに学生生活を終えていく。

 

私は大学生の多くはこういう人間ばかりだと

大学に2年間通い、肌で感じましたし、

正直時間の上でも、

お金の上でも「浪費家」だなって思います。

 

こんなしょうもない大学生を作ってしまったのは、

日本の就職のシステムが

大卒の肩書を過度に重視してしまった結果、

目的もなしに大学に入る学生が増えた結果なのかな、

と思うこともありますが、

あくまで推論の域を出ません。

 

ただ、

私は、東進で頑張っている皆には、

こういう大学生になってほしくないと、

心底願っています。

 

むしろ、

皆には、

誰も挑戦したことのないこと、

誰も掛け合わせたことのない分野をつなぎ、

全く新しいことを生み出し、

社会にインパクトを残してほしいのです。

 

AI・ロボットによって、

人間の職がどんどん取って代わられる未来、

与えられたことしかできない人間なんて、

処理能力の低いAI程度しかないのです。

 

それよりも、

自分でやりたいことをとことん突き詰めて、

誰もやってないようなことに

どんどん挑戦できる人間になってください。

 

最近、皆に読んでもらいたいと感じた

blogのURLを貼っておきます。

ぜひ読んでください。

 

以上。

 

=====

 

明日からは

新担任助手が

Blogを更新します。

 

私が担任助手1年目のときは

彼らはまだ高校2年生だったのに…と思い、

月日の流れの速さを噛み締めています。

 

お楽しみに。